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2016年1月10日

今日のデキゴト:美しいとおもうことについて

水が描けない、もう一度見てくる、と滝をみにいって遭難し、

絵が完成しなかった作家さんがいる。

そんな美しい絵の残り方があるんだなあと、おもった。

 

でもなんで、美しいとおもったのかな。

 

なんとなくだけど、命を感じたからかもしれない。

命を感じる瞬間、が私が住んでるこの便利な世界では、すくないんだ、とおもった。

だから、なんとなくだけど。

 

美しい、と思う瞬間って、命を思い出す瞬間なのかもしれないとおもった。

 

思い出さなきゃいけないことが、いつも、いつも、たくさんある。

そう思って手をとめないように、今日もかんがえ、今日も作る。


2015年12月31日

今日のデキゴト:セーターのカーテン

ある日、わたしが足首ぐらいまである長いセーターを着ていたときのこと。

空港でお土産を買うためにならんでいたら、

うしろから小さな女の子の声がしました。

「これ、なあに?」

 

うしろをふりむくと、5歳ぐらいの小さな女の子が

私のながーいセーターをめくって中をのぞいていました。

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5歳の視点からみると、よっぽど上を見上げないと、

それが、人、だなんて気がつかないのでしょう。

 

ながくて真っ黒な毛糸のそれは

どこかにつながるカーテンのようにみえたのかもしれません。

 

その先に、その子が何を見たのかは、

その子にしかわかりません。

 

その先には、宇宙や、水族館や

はたまたその子の大好きなものばかり売っているお店につながっていたのかも。

 

「こらやめなさい」とお母さんにいわれて、その子の冒険はいったんおしまい。

 

それが人だって答えがわからないまま冒険がおわったから、よかったね。

だって君はまた、知りたいものがひとつふえたんだから。

 

先人たちは頑張って謎を解明してきたけれど、

この世は君が解き明かせる謎が、まだまだたくさんのこっているから。

 

この世界を、どうかたのしんで。

 


2015年12月18日

今日のソックリ #2 ランドスケープ

 

今日のソックリ。

 

 

鍋を食べながら、ある建築家の先生がおっしゃった。

 

鍋はランドスケープだ。山と海を成している。

“Japanese hot pot is a landscape. It’s constructed by the sea and the ground.”

 

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ふむふむそおりだなとおもった。

途端に丸い鍋が、地球のようにみえてきて

ネギや豆腐や魚の切り身が、もとの姿に戻り、

うちからのマグマのような熱で大地がうなり、

緑や、水や、空気や、動物たちが

すさまじいスピードで命をめぐらせているようすが

うかんだ。

 

鍋いっぱい食べ尽くしたころには

それが地球の一部だったかもしれないことは

とうに、わすれてしまった。

 

人間である。

 

 

 


2015年12月16日

今日の交換 #1 : 石焼イモトラック


今日の交換。

 

石焼イモのトラックが、家の近くをとおったので

ああ、まだ石焼いも屋さんは愛されているんだなあと

心があたたかくなった。

このご時世にたった一つのものを売るためだけに開発された車って

とんでもなくかっこいいなあと。

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世の石焼いもトラックのデザインを見るとかっこいいことかっこいいこと。

熱した石でイモを保温するタイプのものもあれば

実際に火がついた専用釜がリアカーにくっついたものまで

実にストイックな作りである。

 

工場の一部を持ち歩く、という意味では

たとえば3Dプリンタやレーザーカッターなんかを

屋台でもちあるいたり

パン屋をオーブンごと持ち歩いて提供するのもおもしろそう。

「工場の一機能が出歩く屋台」

 

あるいは紙芝居屋的な発想で

エンタメ空間を移動させるとか。

「移動するエンターテイメント」

 

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とか色々考えて何か違和感に気付く。

機能面から応用編を考えてみたとしても

石焼イモトラックの魅力には到底敵わないことに気づいてくる。

そもそも、石焼いもなんて普段からそう食べるわけでもないのに

石焼いものあの歌が聞こえてくると

なぜだかふと、買いたくなってしまうのはなんでだろう?

 

たぶん、単純に石焼いもをかうんじゃなくて

寒い冬の日に石焼いも屋とめぐりあうという

レアスライムにでも会ったような偶発性と非現実性を

ひとは、かいたくなるんだろうな。

 

それも石焼いもトラックでかった芋には

「去年もお会いしましたね。今年ももうおわるんですね。」という

顔つきがある。

 

石焼イモトラックは、「冬」をうっているんだ。

 

だからどんなにコンビニがふえても

コンビニではなくて、石焼いもトラックで

わたしたちは、今日の幻の芋をかってしまう。

 

そういえばあれが足りてなかったわね、と

「冬」のことをおもいだしながら。

 


2015年12月14日

今日のソックリ#1: 「手」⇄「葉」

今日のソックリ!

 

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「葉」「手」

 

 

 置き換えてみたら…

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風がふいて、木が拍手した!

 

今日のソックリ、置き換え完了!

めでたしめでたし。


2015年12月13日

今日のアベコベ:硬そうなのにやわらかい?やわらかそうなのに硬い?

ヒトの思い込みというのは大変面白い。そしてその思い込みを利用して、つまりは心理学や行動心理学に基づいて行われるのがデザインという作業だったりする。演出もおなじで、ヒトはこう出したらこう思うだろうとか、こう動くだろうというのをある程度予測して要素を組み立てていくので、自然と人の行動というものに常日頃から興味がわくようになる。

一度物事の「みため」と「素材」をアベコベにしてみる実験をしてみたことがある。スワリの森でつくった「硬そうなのに柔らかいイス」である。

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これは一見トゲトゲしており、硬くて冷たそうな印象の物体だけど実は座ると、柔らかい素材でできていることがわかるというアベコベイスである。人の錯覚と触覚のギャップを、体験によって埋めてもらうという試みで、実際若干用心しながら近づいてゆったりと腰を下ろす姿を多く見かけた。

 

このイスを作る過程で、じつは二通りのアイデアがでていたが、もう一つのアイデアが「ボツ」になったことは、私に新しい発見をくれた。

 

「錯覚と触覚がアベコベなイスををつくろう」として生まれたのが下の二つである。

 

①硬そうだけど柔らかいイス

②柔らかそうだけと硬いイス

 

さて、この2つのうち、②は即座にボツになった。理由はお分かりのことだと思う。

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②のイスで人が最初に起こす行動は、①のイスとは大きく変わってくるからである。

ひとことでいえば、②のイスは人を見た目から安心させる作用をもっていて、

人は「やわらかそう」→「飛び込んでもうけとめてくれそう」「気持ちよさそう」という心理が働き

それをそのまま行動に起こす人がいるとすれば、彼または彼女が大怪我をすることは目に見えていたからだ。

 

逆にいうと、目的次第では②の方が採用されたケースもあるだろう。例えば防犯用に、いかにもやわらかそうなのにじつは固い塀があったら、犯人は突き指ぐらいはしてくれるかもしれない。

なんだか当たり前のことをとても大げさに書いているようだけど、同じ「錯覚と触覚」というふたつの関係性について考えた時に、その矢印の向きを変えるだけで、人の安否がここまで左右されるのだから、ものの見た目というのはなかなか侮れない。

そんな、アベコベなおはなし。

 

 

 

 


2015年12月12日

今日のデキゴト:ホテルオークラ解体品を売る試みと、「残し方の作り方」を考えるということ。

株式会社ホテルオークラと、チケットぴあが、こんな面白い試みをしています。

Memories of Hotel Okura ホテルオークラ 旧本館家具・備品販売 

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1962年、赤坂、虎ノ門の高台に建てられたホテルオークラですが、2015年8月末に建替えに向けて閉館したのは記憶にあたらしいですね。そのホテルオークラの旧本館の家具や備品(カーペットや部品や壁紙、シャンデリアなど)を日用品に加工して、販売するという試みのようです。

チケットぴあとの共同プロジェクトのようで、CHARITY  PROJECT FOR MUSICとなっており、収益金は廃校となった学校の楽器を回収・修理するために使われるのだそうです。(ホテルオークラが継続してつづけていた音楽・芸術・国際交流を軸としたメセナ活動が文脈としてあるようですね。)

ホテル内高級中華料理店のシャンデリアの宝石をアクセサリーとして加工したり、カーペットを小型マットに加工していたり、壁紙をデスク照明に加工したりと、さまざまな「残し方」が工夫されています。

(ホテルオークラの特徴的な鱗紋のタイルも、ひとつづつシリアルナンバー入りで買えるとか。)

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(写真はすべて上記サイトより転載)

一般販売は
2015年11月24日(火)18:00〜2016年1月17日(日)23:59予定(第一次販売)
2015年12月25日(金)18:00〜2016年1月17日(木)23:59予定(第二次販売)

第三次販売は2月を予定しているそうです。

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実はある件で、これと似た分解販売の企画をしていたのもあって、とても共感しました。自分がつくるものも、どうしても期間限定品な空間が多かったりするので、「残す」という「作り方」はぜひ実現したいな。ファッションでいうと、展示会のサンプル販売とかも近いかな。

残し方の作り方 が、インスタントなものづくりをしてきた広告・デザイン・映像業界でももっと注目されていくといいなあとおもいます。

 

 

 


2015年12月11日

今日のデキゴト:安室奈美恵さんのツアーライブ

…にいってまいりました!

代々木第一体育館で行われた安室奈美恵さんのライブ「LIVEGENIC」!いやー、素晴らしかった!

LIVEGENICは安室奈美恵さんの最新アルバム「_genic」を皮切りに発表された、全国アリーナツアー。

「_genic」には、ミュージックビデオディレクターとして参加させていただきました。有難いことに今回はライブにご招待いただき、いつもは座ったことがないようなところから、ガクブルしながらライブを拝見させていただきました。。(もちろんガクブル、はライブが始まるとノリノリに変わったわけですが笑)

安室奈美恵 / 「Birthday」 (from New Album「_genic」) – YouTube (short version)

安室奈美恵| MV「Birthday」(惑星ハルボリズム)

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(また、大変めでたいことに、BirthdayのMVは、先のMTV VMAJ 2015 にて「BEST FEMALE VIDEO賞」を受賞しました。

「年間の優れたミュージックビデオを表彰するアワード」なので、映像作家として一端を担わせていただいた身としては本当に、心より光栄なことです。投票いただいたみなさまにあくまで制作陣の1人としてお礼をお伝えしたいとおもいつつ、安室さんのファンの力強さ、安室奈美恵さんの変わらぬ人気にあらためて、感銘をうけました!あらためてみなさまおめでとうございました!)

 

さてさて、ライブについてです。ネタバレになるので内容は詳しくは書きませんが感想を!

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もー、すごいエネルギーでした!安室奈美恵さんも、お客さんも。

約30曲ぐらいを数回インターバル映像をはさんで、歌って踊り続ける安室さんとダンサーのみなさま。

はあ、やっぱりプロだなあ。その場のエネルギーだけじゃなくて、それを数十年間続けてらっしゃるわけで、今回のライブのも全国含めると約40公演強!とんでもないエネルギーです。お客さんをみると、10代とかの若いお客さんも結構いる。新しいパッションで常に活動をされてるから、常に新しいファンがついていってるんですね。時代とともに、変わることを恐れてないというか。でも、変わらない強さがある。

 

変わることと、変わらないこと両方を武器にされてる方は、やっぱり強いなあとかんじました。

 

いい意味で、人間に行けない領域っていうのがあるのだとしたら、安室奈美恵さんはそこにいらっしゃる方の1人だなあ、とおもいました。

ライブ演出も本当にさまざまなしかけが施されていて、すっかり仕事スイッチがはいっちゃいました。笑  個人的にすきだったのはダイヤモンドのステージ。カット面がそれぞれ違うライティングカラーになるよう制御されていて、曲ともあいまってかっこよかった。何より巨大なダイヤモンドの上に乗るって、女子が憧れるようなことをさらりとやってのける安室さんがすごい。あとはまるで宇宙船がおりてきたかのような、六角形の巨大モニターに、吊るしのキネティック照明が宇宙空間っぽくて好きでした。宙にういてるのっていいよね。未来感。未知なるもの。

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あと、こいつすきでした。笑 詳しくはネタバレになるから書きませんが。笑

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とにかくデジタルとアナログの両刀で作られたステージと、その上で展開されるパワフルなパフォーマンスに、目が離せませんでした。ライブ演出ってすごいなあ、今はいろいろなことが実現可能なだけに、面白い表現の場だと思った。もともとは舞台演出をやっていたのもあるけど、来年はライブ演出もできるようになりたいな。やっぱり生ものはいいなあ。

まだライブも1月もまだ残っているようですが、安室さんダンサーさんスタッフのみなさま、引き続き応援しています!

ツアーの成功をお祈りいたします。

 

 

 

 

 


2015年12月10日

今日のデキゴト:テクノロジー系譜学

 …というものをずっとやりたいと思っている。(すいません、今日は系譜学を解き明かすところまで落とし込めてないですが)ずっと思っていたことをベースに今日話をしたので忘備録というかメモ。

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来年おこなう発明にむけて。

きょうもおいしいものをたべながら、あーだーこーだとやりたいことを議論した。

石器時代から、大砲といった発明の時代がから、コンピューターがうまれ、ソフトウェアがうまれ、一時期人の意識は「かたちないもの」(インターネット)に移行して、ハードウェア系ものづくりにふと穴が空いた瞬間があった。そしていまはまた、ハードウェアが復活して、インターネットが手を組んで、あーだーこーだとやっている。

 

わたしたちは、テクノロジーとどこにいくのだろうか。

 

そんなふうに、テクノロジーを先読みして、「やりたいこと」をたくさん広げて、整理したらいろいろみえてきた。

時代が追いついたときに一気に爆発するものいますぐにできそうなことを分類する。

つまりは、 現状のリソースで思い描く最善のアウトプットに近い状態で世に出せるか、否かという判断をするということだ。

例えるならバッテリーや液晶の小型化(それも極めて小型なものの場合)など時代が進まないと並に享受できない技術というものがある。

理由は物理的なものはもちろん、法的、そして「権利的」に。

実にいろんなものが絡み合った結果、私たちはテクノロジーを日々「利用」し「享受」している。

 

しかしながら作り手として、やることはいつだって、ただひとつ。

そう、やるしかないのだ。考え続けて、作り続けるしかない。

未来のテクノロジー系譜図を思い描きながら、そのうえに「こんなのあったらいいのにな」をプロットしながら、

緻密に、過激に、動き続けることにほかならない。

発想を現在できるありったけのものを使って、構築し、プロトタイピングをしつづけるのだ。

 

その長い文化構築と発明の時間とうまくつきあうには、

わたしたちは「あそびつづける」しかない。

 

なんとたのしい人生だろうか。

いまから未来をみて、未来で答え合わせをするんだ。

最高のあそびだ。たのしくてしかたがない。

そんなかんじで。

来年も再来年も、未来にのびるなにかをしんじて、あそびを提案実践しつづけようとおもう。

 

人生は長いようでみじかく、みじかいようで、長いのだから。

 


2015年12月9日

今日のデキゴト:世界でひとつだけのカレンダー

今日友達と、友達のお母さんと、そのお母さんの友達Mさんと草月ホールでバレエをみたあと、ご飯をしているときに、すばらしいはなしをきいた。

Mさんが1ヶ月ほど入院をしたときに、あるフランス人の方が「カレンダー」をくれたという。

それは、手作りのカレンダーで、日にちのところがすべて、ポケットになっていた。

そのフランス人の方はいったそうだ。

「必ず毎日ひとつポケットをみてね」

 

そのポケットには、フランス人の方が、Mさんのために Mさんの家族や、知人からあつめた「メッセージ」がひとつづつ、 入っていた。

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するととたんにMさんは入院生活がたのしくなった。

毎日ひとつポケットの中のメッセージをひらくことが、毎日ひとり、 誰かがおみまいにきてくれるみたいにうれしくなったのだ。

 

その「おたのしみ」は院内にひろがって、Mさんだけじゃなく、看護婦さんたちも楽しみに、毎日集まってくれたそうである。

 

無邪気な思いやりだけども、それをやりきる、ということは こんなにもたくさんの人を心をうごかす。なによりも、本当は暗く辛い時間だったものを 全く逆の、明るく楽しみに満ちた時間にかえてしまったのだからすばらしい。

 

アイデアとかつくることにできることはまだまだたくさんある、わたしはつねにそうおもっていてこのおはなしをきいて、ますますそう思うのでした。

 

私にも、病気とたたかっているおばあちゃんがいて

毎日なにかおばあちゃんが、少しでもたのしみにできるものはないかなあと、

毎日贈り物をするプランなどをたてていたんだけど、

 

このお話しをきいて、ああそうだ、カレンダーをつくろう、とおもった。

毎月カレンダーをつくっておくってあげよう、と。

 

来年の1月からおばあちゃんにカレンダーをおくる。

そうきめた日でした。